- 2005-02-27 (日) 16:49
- つれづれ

天気のいい日の夜、空を見上げると満天の星が輝いていました。草むらにはコウロギがいて、きれいな声で鳴いています。もう一度その景色を見たいと思い、翌朝同じ場所に行ってみました。すると星空は見えず、コウロギの鳴き声は朝の雑踏にまぎれて聞こえませんでした。
ここで問題です。朝の光で見えなかった星の光、雑踏にまぎれて聞こえなかったコウロギの鳴き声はこの世に存在しているのでしょうか?
これは「見えない光は光なのか」「聞こえない音は音なのか」という禅問答の一つです。「見えないものは存在しない」という人もいるでしょうし、「存在するものがすべて知覚できるとは限らない」と考える人もいるでしょう。現実の世界では、数え切れないほどの「見えない光」が重なることによって、複雑な色彩を生み出していますし、「聞こえない」と思っている音が人間の情緒に深く関与していることもあります。
さてこの問を、「結果が現れない努力は努力なのか」「人に感謝されない心遣いは心遣なのか」と置き換えてみたらどうでしょうか?今の世の中、仕事、勉強、恋愛その他すべてにおいて結果を出すことが求められています。特にビジネスの現場においては、最短距離で結果を出すことが有能な人間であることの証であるとされています。
しかし、結果が出なかったとしても、そのために正しい努力をしていれば、他人から評価されなくともその努力の過程はその人の財産となります。また、他人に対する心遣いを忘れなければ、何気ない一言で他人を傷つけることもなくなるでしょう。
もしかすると、このような考えは甘いのかもしれません。自己満足で終わってしまう可能性もあります。しかし、将来を悲観して犯罪に走ってしまう若者や大企業役員の型どおりの謝罪会見などを見ていると、今の私たちはこれまでの日本人が大切にしてきたもの、勤勉さ、モラル、恥じる心といったようなものを忘れてしまっているのではないかと思えてなりません。
僕にも将来人を育てる機会が訪れると思います。僕は、「見えない光」は光であり、「聞こえない音」は音だと確信しています。自分の子供や部下に、結果を恐れずに努力する意志、見返りを求めずに奉仕する心というものを伝えていきたいと思います。
BGM : What Game Shall We Play Today / Return to forever
Comments:4
- surfside01 05-02-27 (日) 20:34
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全く同感です。というかeasykyotoさん、すばらしい
考えをお持ちですね!こんな世の中ですが、
いつまでも少年の様な心を失わず、
他人の評価に左右されず、真っ直ぐに
自分の信念を貫きたいものですね。それにしても光と音の例えに始まって、現代社会の
諸問題をフォーカスする話題展開、お見事です! - easykyoto 05-02-27 (日) 21:03
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surfside01さん
直球でコメントいただくと照れます(笑)。
週末は長文を書くようにしてますので、こちらの方もよろしくお願いいたします。 - wanco7 05-03-01 (火) 11:49
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私もそう思います。
私は今、人を育てているのですが、子供には人を思いやる心を持って、骨太な人間になってほしいと願っています。
人の評価に左右されてたら何もできない。
私はある意味、わが道を行くタイプです。でも人への感謝はわすれずに行きたいなぁと常日頃思っています。
今まで、周りにたいしてすっごくワガママだった自分が居て、子供を産むときに自分を振り返ることが出来たので、本当に気がついてよかったと思っています。
目に見えない財産を大切に育んで行きたいですね。
子供にもそうしてもらいたいです。 - easykyoto 05-03-01 (火) 18:59
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wanco7さん
僕は昔学術関係の仕事をしていたことがあったんで、教育の重要性は痛感しています。
自分が年寄りになったとき、どんな世の中になってるでしょうね…