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宇治十帖


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源氏物語千年紀 #5・夏休みレポート #7

 

BGM : Love Love Love / Tristan Prettyman


千年の昔 宇治の地は
新都である京都から旧都である奈良に落ちる途中にあり
侘びしくまた寂しい土地として「憂し(うし)」ともよばれました
 
源氏物語の中でも宇治を舞台として繰り広げられる箇所は
その独特の世界観から「宇治十帖」として親しまれています
 
今回はその「宇治十帖」の古跡をあらすじとともに紹介していきます^^
 
 
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宇治十帖(一)橋姫
 
「その頃、世に数まへられ給はぬふる宮おはしけり。」と「宇治十帖」は書き始められる。
光源氏の異母弟の八宮は、北方亡き後、宇治の地で失意と不遇の中に、二人の姫君を大切に
育てながら、俗聖として過ごしておられた。世の無常を感じていた薫君は、宮を慕って、仏道
修行に通い、三年の月日がながれた。晩秋の月の夜、薫君は琵琶と琴を弾かれる姫君たちの
美しい姿を垣間見て、「あはれになつかしう」思い、
 
橋姫の心をくみて高瀬さす 棹のしづくに袖ぞぬれぬる
 
と詠んで大君に贈った。出家を望まれる八宮は、薫君を信じ、姫君たちの将来をたのまれる。
その後、薫君は、自分が源氏の実子ではないという出生の秘密を知ることになる。
 
 
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宇治十帖(二)椎本
 
春、花の頃、匂宮は、初瀬詣の帰路、宇治の夕霧の山荘に中宿りし、お迎えの薫君やお供の
貴族たちと音楽に興じた。楽の音は対岸の八宮の邸にもよく通い、八宮は都にいられた昔を
偲ばれた。薫君から二人の姫君のことを聞き、ゆかしく思っていた匂宮は、宇治に消息を
送ったが、返事はいつも妹の中君がなさるのだった。薫君は八宮を仏道の師と仰いで、宇治を
訪れ、姉の大君に強くひかれていく。八宮は死期の近いことを感じ、姫君たちに身の処し方に
ついて遺言し、信頼している薫君に姫君を頼み、秋も深いころ、阿闇梨の山寺で、さみしく
静かに生涯を閉じられた。
 
たちよらむ蔭と頼みし椎が本 むなしき床になりにけるかな
 
 
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宇治十帖(三)総角
 
八宮の一周忌がめぐって来た。薫君は仏前の名香の飾りに託して、大君への想いを詠んだ。
 
総角に長き契りを結びこめ おなじ所によりもあはなむ
 
大君は父君の教えに従い、自らは宇治の山住みで果てる意思が堅く、妹の中君をこそ薫君に
委ねたいと望まれた。薫君は中君と匂宮とが結ばれることによって、大君の心を得ようと
されたが、意外な結果に事が運ばれてしまう。匂宮は中君と結ばれたが、気儘に行動され得ない
御身分故、心ならずも宇治への訪れが遠のく。大君は「亡き人の御諌めはかかる事にこそ」と
故宮をしのばれ、悲しみのあまり、病の床につき、薫君の手あつい看護のもとに、冬、十一月に、
薫君の胸に永遠の面影を残して、帰らぬ人となった。
 
 
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宇治十帖(四)早蕨
 
年改まり、宇治の山荘にも春が来た。今年も山の阿闇梨から蕨や土筆などが贈られてきた。
中君は亡き父君や姉君を偲びつつ
 
この春はたれにか見せむ亡き人の かたみにつめる峰の早蕨
 
と返歌なさった。
二月の上旬、中君は匂宮の二条院へ迎えられ、行先の不安を感じつつも、幸福な日々が続く。
夕霧左大臣は、娘の六君を匂宮にと思っていたので、失望し、薫君にと、内意を伝えたが、
大君の面影を追う薫君は、おだやかに辞退した。花の頃、宇治を思いやる薫君は、二条院に、
中君を訪ねては懇ろに語るが、匂宮は二人の仲を、疑い始める。
 
 
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宇治十帖(五)宿木
 
亡き大君を忘れかねる薫君は、いつしか現し身の中君に想いをよせるようになった。中君は
その真情に絆されはするが「うとましく」も思われる。二条院に中君を訪れた薫君は宇治に
大君の人形を造り勤行したいと語る。中君は異母妹の浮舟が大君に似通っていることを告げる。
秋、薫君は宇治の山荘を御堂に改造することとし、弁尼を訪れる。そして共に大君の思い出に浸り、
 
宿りきと思い出でずば木のもとの 旅寝もいかに寂しからまし
 
と口ずさみ、紅葉を中君への土産にお持たせになり、匂宮に恨まれる。
中君は男子御出産、薫君も心すすまぬまま、女二宮と結婚された。其の後、宇治を訪れた薫君は、
偶然、浮舟を覗き見て、大君と全く瓜二つなのに驚き、強く心ひかれてゆく。
 
 
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宇治十帖(六)東屋
 
浮舟の母は、今は常陸介の後妻となっていた。浮舟には左近少将という求婚者がたが、少将は、
浮舟が介の実子でないと知ると、財力目当てで浮舟の義妹と結婚してしまう。この破談に浮舟を
不憫に思った母は、縁を頼って二条院にいる中君に預けることにした。
ある夕暮、ふと匂宮は、西対にいる浮舟を見て、その美しさに早速言い寄った。驚いた母は、
娘の行く末を案じ、三条辺りの小家に浮舟をかくした。晩秋、宇治を訪れた薫君は、弁尼から
浮舟の所在を聞き、ある時雨模様の夜に訪ねて行く。
 
さしとむる葎やしげき東屋の あまり程ふる雨そそぎかな
 
翌朝、薫君は浮舟を連れて宇治へと向かった。薫君にとって浮舟は、亡き大君の形見と思われた。
 
 
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宇治十帖(七)浮舟
 
正月、中君のところに宇治から消息があった。浮舟のことを忘れられない匂宮は、家臣に
尋ねさせたところ、まさしく浮舟は、薫君にかくまわれて宇治にいることがわかった。
そして、ある夜、闇に乗じ、薫君の風を装って忍んで行く。浮舟が事に気付いた時はもう遅かった。
浮舟は、薫君の静かな愛情に引きかえ、情熱的な匂宮に次第にひかれていく。薫君は物思いに沈む
浮舟を見て、一層いとおしく思われた。如月の十日頃、雪の中、宇治を訪れた匂宮は、かねて用意
させていた小舟に浮舟を乗せ、橘の小島に遊び、対岸の小家に泊って一日を語り暮らした。
 
橘の小島は色もかはらじを この浮舟ぞゆくへ知られぬ
 
浮舟は、二人の間で様々に思い悩んだ末、遂に死を決意する。
 
 
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宇治十帖(八)蜻蛉
 
宇治の山荘は、浮舟の失踪で大騒ぎとなった。事情をよく知る女房達は、入水を推察して、世間体を
繕うため母を説得し、遺骸の無いまま泣く泣く葬儀を行った。薫君も匂宮も悲嘆の涙にくれたが、
思いはそれぞれ違っていた。事情を知った薫君は、自らの恋の不運を嘆きながらも、手厚く四十九日の
法要を営んだ。六条院では、明石中宮が光源氏や紫上のために法華八講を催された。都では、華やかな
日々を送りながらも薫君は、大君や浮舟との「つらかりける契りども」を思い続けて愁いに沈んでいた。
ある秋の夕暮、薫君は、蜻蛉がはかなげに飛び交うのを見て、ひとり言を口ずさむのだった。
 
ありと見て手には取られず見れば又 ゆくへも知らず消えし蜻蛉
 
 
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宇治十帖(九)手習
 
比叡山の横川に尊い僧都がいた。初瀬詣の帰りに急病で倒れた母尼を介護するために宇治へ来た。
その夜、宇治院の裏手て気を失って倒れている女を見つけた。この女こそ失踪した浮舟であった。
僧都の妹尼は、亡き娘の再来かと手厚く介抱し、洛北小野の草庵に連れて帰った。
意識を取り戻した浮舟は、素性を明かそうともせず、ただ死ぬことばかりを考え泣き暮らした。
やがて秋、浮舟はつれづれに手習をする。
 
身を投げし涙の川の早き瀬を しがらみかけて誰かとどめし
 
浮舟は尼達が初瀬詣の留守中、立ち寄った僧都に懇願して出家してしまう。やがて、都に上った
僧都の口から浮舟のことは、明石中宮に、そして、それはおのずと薫君の耳にも届くのであった。
 
 
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宇治十帖(十)夢の浮橋
 
薫君は、小野の里にいるのが、浮舟であることを聞き、涙にくれる。そして僧都にそこへの案内を頼んだ。
僧都は、今は出家の身である浮舟の立場を思い、佛罰を恐れて受け入れなかったが、薫君が道心厚い人柄で
あることを思い、浮舟に消息を書いた。薫君は浮舟の弟の小君に、自分の文も添えて持って行かせた。
浮舟は、なつかしい弟の姿を覗き見て、肉親の情をかきたてられ母を思うが、心強く、会おうともせず、
薫君の文も受け取らなかった。小君は姉の非情を恨みながら、仕方なく京へ帰って行った。薫君はかつての
自分と同じように、誰かが浮舟をあそこへかくまっているのではないかとも、疑うのだったとか。
 
法の師とたづぬる道をしるべにして 思はぬ山に踏み惑うかな

 
こんばんは^^
宇治には、「宇治十帖」にちなんだ古跡が点在しております。
一日で、しかも歩いてこれらすべてを訪ねるのは、不案内な方には
ちょっと難しいかもしれません。
特に「宿木」と「浮舟」は飛び抜けて離れているので注意してください。
自転車で回るのが一番のお勧めです^^
 
追伸
少々体調が悪いので、本日はこのまま休ませていただきます m(_ _)m
 

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