- 2009-03-08 (日) 21:38
- 路地裏探検隊
伏見wonderland
BGM : I Get the Message / Ivy
近鉄の桃山御陵前を降り、賑やかな大手門商店街に向かいます。
このあたりは銀座町一丁目。徳川家康によって初めて銀座が置かれた場所です。
後に中京区にある両替町に移され、江戸に設置される頃には伏見銀座は廃止されました。
現在の東京にある銀座という地名は、ここから生まれたんですよ^^
一筋離れた瀬戸物町には源空寺というお寺があります。
この山門は伏見城の遺構。このあたりの寺社には古の
伏見城の名残を伝えるものがとても多いです。
この山門の一層目にいらっしゃるのが朝日大黒天。
豊臣秀吉の持念仏で、伏見城の巽櫓にあったものと伝えられています。
ところでこのあたりには由緒を調べるのが大好きな僕の心を揺さぶる地名が多いです(笑)
瀬戸物町…もしかして古田織部が関係してるのでしょうか。今度ゆっくり調べたいと思います^^
大手門商店街を抜けると、その先は龍馬商店街。
伏見にはいろんな顔、いろんなエピソードがありますが、
伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件、いわゆる寺田屋事件もその一つです。
狭くて賑やかな商店街を少し横町に入ったところに…
ありました。現在もこの地の残る寺田屋です。
ただし、当時の建物は鳥羽・伏見の戦いで消失しており、
現在の建物は明治38年に再建されたものです。
また、このあたりの地名、油掛町の由来となったお寺、油懸山地蔵院西岸寺…
その昔、山崎から来た油の行商人がこのあたりで商いをしておったが、
どういう訳かその日は一向に油が売れず、どうしたもんかと黄昏れていたところ、
石地蔵の前の石コロに気が付かず、蹴躓いて油壺をひっくり返してしまいよった。
「しゃあないのう…」そう呟いて残った油を地蔵様に掛けながら、
「商売があんじょういきますように」と願(油)をかけて家路についたそうな。
その山崎の商人は、その後商運に恵まれ、たいそうな財を築いたとか…
その後、このお話にあやかろうと、皆が油をかけるようになったので、
このお地蔵さんは油でコテコテになり、以後「油掛地蔵」と呼ばれるようになりました。
赤い土塀と中国風の山門が目印のお寺、長建寺。
昔このあたりは遊郭が建ち並び、長建寺は「島の弁天さん」とよばれ、
遊女たちが芸事の向上のためによく御参りしてたそうです。
ここから橋を渡った先は造酒屋、伏見の町並み。
僕も月桂冠大倉記念館で少しだけお酒を頂きました^^
今日のすてきな景色。
京都市立南浜小学校に咲く「シュゼンジカンザクラ」の桜並木^^
こんばんは^^
相変わらず忙しくしておりますが、本日は半日だけ休みを頂き、
伏見界隈をぶらぶらして参りました^^
この忙しさもあと一週間、もう暫くブログの更新は不定期になりますが、
何とか頑張って乗り切りたいと思います^^
追伸
本日近所のお寺さんですてきな言葉を見つけました。
「子が生まれて親が生まれる。二人は同い年」
そうか、親と子は同い年だったんだ^^
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