- 2009-08-09 (日) 0:59
- 町家に住まえば

毎日の暮らしがとっても楽しい^^
BGM : Solo / Gerardo Frisina

ことばのはおとでランチを食べ、自転車にまたがりポタリング。

恵文社で本と小物を買い、

夕暮れの高桐院へ

影がゆっくり動くのをじっと眺めていると、
幸せな気持ちがじんわりこみ上げます。
日々是好日^^

ということで、今週も町家についてあれこれお話ししましょう^^
江戸時代、京町家の様式はほぼ完成しました。誰もが知っている老舗の多くは
この時代に創業されており、それらの建物が当時の面影を今に伝えています。
ところが、江戸時代の終わりに応仁の乱に匹敵する事件が起きました。蛤御門の
変です。これにより、長州藩士の住居のあった御所の西、蛤御門周辺に火が掛けられ、
その業火は一条から七条までを焼き尽くしたといわれています。
この事件をきっかけに明治天皇は東京に行幸され、東本願寺や本能寺は焼け落ち、
京都経済は壊滅しました。
余談ですが、僕が毎朝通勤のときに自転車でくぐってるのがこの蛤御門です(笑)

東京に都が遷り、公家衆の去った京都では、第3代京都府知事の北垣国道が産業振興の
大号令を発します。琵琶湖と京都をつなぐ巨大水路、いわゆる琵琶湖疎水が築かれ、
西陣織や友禅染、清水焼など多くの工業が一斉に近代化されたことにより、京都は瞬く間に
大商工業都市として復興していきました。
ちなみに南禅寺の水路閣、あれはこの琵琶湖疎水事業で造られたものなんですよ^^

この頃の京都は平安遷都千百年で盛り上がっていました。明治28年、この平安遷都
千百年紀念祭にあわせて、それまで東京で行われていた内国勧業博覧会(万国博覧会)
が京都で行われました。この時にできたのが平安神宮と日本初の市電です。
こうした京都の復興は市民の富を生み、その富をふんだんに使った贅沢な明治の京町家が
誕生しました。
to be continued…
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