- 2009-08-16 (日) 1:08
- 町家に住まえば

僕はほとんど仕事してました^^;
BGM : Rosa de Ouro / Celso Fonseca & Clara Moreno

今年のお盆はほとんど休みが取れず、なんとも残念な休みになりました。
そんな中、気晴らしに園部の里を自転車で散策してまいりました。
その様子は後日紹介したいと思います。
ちなみに、この写真は散策の途中に見つけたとある工場なんですが、
京都の方はお分かりですよね。そう、男前豆腐店です(笑)

そして15日は花脊の松上げに行ってきました。今年の松上げは始まる前に
雨が降ったりしてちょっと心配しましたが、始まる前にはすっかり雨も上がり、
昨年同様、勇壮な夏の夜のお祭りを楽しませて頂きました。こちらも後日
紹介しますのでお楽しみに^^

さて、町家の歴史もそろそろ終わりにしましょう^^
明治、大正時代の京都は富に自由な発想を加え、大いに繁栄しました。
第二次世界大戦中もほとんど戦災を受けなかった京都ですが、それとは
別の意味で大きな打撃を受けたのをご存じでしょうか?
それは戦時中の贅沢品禁止令と企業整理令、戦後の財産税です。

ちょっと難しい話になりますが、戦後、日本政府はGHQの指導により国民に対し
戦時利得の没収を目的とした財産税を課しました。その内容はというと、
最高税率90%。天皇を含め、財産調査日に10万円以上の財産所有者を納税義務者とする。
流通紙幣を新円に入れ替えるために、いったん全額銀行に預金させ、預金封鎖を行う。
というもの。これにより、大地主、財閥家族、華族、天皇・皇族47万6千人は全て
納税義務者となり、一斉に没落していきました。

そして東京オリンピック、大阪万博の時代、京都もご多分に漏れずほとんどの
京町家がオフィスビルやマンションに建て替えられていきました。
老舗の建物はガラス張りのビルに変わり、ろうじは建て売り住宅に。
図子を遮るように外資系のホテルが建ち、学区は相次いで統合され。。

しかし最近になって、これまでほとんど顧みられることのなかった町家が、
再び注目されるようになってきました。古い町家を再生して、カフェやレストラン、
雑貨などのショップにする若者や外国人が増え、それらがメディアに紹介されるように
なってきたからです。また昔から京都に暮らしている住人達も、京町家の機能性、耐久性、
美観のどれもが京都の暮らしにマッチしていることを再発見し、自分たちの住まいとして
利用するようになってきました。
京都独特の気候、習慣の中で歴史を紡いできた建物なのだから当たり前なんですが、
その当たり前のことに気づくのに、人々は長い年月を費やしてしまいました。
ということで、お堅い歴史の話はこれまでにしておきましょう。
次回からは暮らしのなかのお話しをしていこうと思います^^
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